かき揚げへの葛藤
お客さんに声をかけるために、いつもしているマスクをたまたまはずしたその瞬間。かき揚げに向かって、くしゃみをしてしまった店員のおばちゃん。
私、凍りついて、立ちすくみました。さまざまな考えが頭の中を駆けめぐります。
かき揚げはプラスチックの透明パックに入っているとはいえ、上のほうがちょっとだけすきまが空いています。
なんかそこから、おばちゃんのくしゃみがミスト状になって入ったような気がします……。
明日、てんぷらそばにして食べようと思っていたんで、いちおう火は通すつもりだったけど……。
いや、火を通すんだからいいじゃない。そもそも入ったかどうかだって、わからないんだし、なんといったって値引きのかき揚げなんだから。
いや、でもきたない気がする。そんな気持ちが頭の中で闘いはじめたのです。
で、結局、私は長く待ち望んだ、値引きのかき揚げをあきらめました。そして、風邪気味のおばちゃんと、その事実を知らずに買うと思われる、ほかのお客さんの健康を祈りました。
私も配送センターの冷蔵庫に入ってバイトをした経験があります。寒いところで働く人のなかには1年中風邪が治らないとぼやいてる人もいました。
だから、おばちゃんを責める気は毛頭ないのです。
その後、こりずに、この時間帯をねらってたびたび訪れている私。
おばちゃんに顔を覚えられてしまったようで、顔を合わせるたび、おばちゃんはマスクの下から、ニヤリと笑いかけてきます。
見てみぬふりをしてくれてありがとう、と言っているようで……。